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mn'95blog

映画や音楽などいろいろ。

『小さな悪の華』(1970)

製作当時、本国フランスで上映禁止となったこの作品。ボードレールに耽溺する美しい少女たちーアンヌとロールの2人は、サタンに心を捧げ悪に身を染めていく。 

 

小さな悪の華 <デジタル・リマスター版> [DVD]

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―映画の検閲

性的描写や、映画を貫く反カトリック的な要素から上映禁止も頷ける。今はどうか知らないが、当時のフランスは事前に脚本に検閲が入り、その時点で上映が可能であるかどうかの判断がなされていたとのこと。脚本が大丈夫でも、映像が過激な場合はどうなるのだろうと少し疑問に思う。完成したら再び検閲が入るのだろうか。 いずれにせよ、今の時代より芸術というものは窮屈だったのかもしれない。けれど、逆に芸術なら何でも許されるというのもなんだか違う気がするな、とこの映画をきっかけに最近考えるように。テレビでは許されない描写も映画ではアートとして許される。もちろん18禁などの規制をかけられる点でテレビと映画は異なるが、年齢制限のない映画でもテレビとはボーダーラインが違うように思う。

 

ボードレール悪の華

話を映画本編に戻そう。この映画にはボードレールロートレアモンバタイユといったフランス文学の作品が登場する。この映画の主人公・アンヌとロールは、これらの文学をベッドの上で仲睦まじく二人で読みふける。

フランス文学といえば、サガンを少し読んだくらいで殆ど縁がなかったのでこれを機に少し手を出してみた。せっかくなので映画のなかでも最も存在感を強く放っていたボードレールを読むことに。最近日本では漫画『悪の華』でその認知度が上がっている気がする。

アンヌとロールが本作の最も象徴的な最後のシーンで朗読していた詩のなかの2編はボードレールの『悪の華』第二版の「恋人たちの死」と「旅」だ。『悪の華』はこの映画と同じように出版時にその内容から、風俗を乱すおそれがあるとして裁判にかけられた代物で、結果6編の詩が初版にあたって外されることとなった。1861年に出された第二版には、この六編は除かれたまま新たに32編を加えられた。『悪の華』第二版は憂鬱と理想、パリ情景、葡萄酒、悪の華、反逆、死の6つの章に分けられている。「恋人たちの死」と「旅」は共に死の章に収められている。それだけでもこれらの詩があのシーンで読まれるべくして読まれたものであることを感じる。二人が火を放つあのシーンは「恋人たちの死」から作られたシーンなのではないだろうか。

 

「負けじとばかり最後の熱を注ぎ尽くし、私たちの二つの心は、二つの大きな松明となって、二重にかさなるその光を映すだろう、私たちの二つの精神、これら双生(ふたご)の鏡のなかに」

 

まさにあのシーンとしかいいようがない。アンヌとロールを象徴する一編。

「旅」は8つの項に分けられるが、『小さな悪の華』では最後のーつまりはこの詩集のほんとうに最後のー8つめの部分が引用された。

 

「われわれにきみの毒を注げ、毒がわれわれをちからづけんがために!われわれの望むところは、さほどこの火が激しく脳髄を焼くがゆえ、〈地獄〉でも〈天〉でもかまわぬ、深淵の底へ跳びこむこと、〈未知なるもの〉の奥深く、新しきものを探ること!」

 

文学に影響をうけるどころか、文面に描かれたことをそのまま自身の生き方にしてしまった、それがアンヌとロールであったように思える。アンヌに芽生えた小さな悪の華がロールを従わせ、しだいに成長し、気がつけば抜き取ることのできないところまでいってしまった。これは青春映画ではないけれど、青春期とはどうしてこうも美しくはかないのかといつも思う。

 

ー小さな悪の華

主にボードレールと関連した部分しかみてこなかったが、この映画は実際にあった事件を元にしているらしく、デジタルリマスター版の特典映像で詳しくその点は語られている。そのほかに監督とアンヌ役のジャンヌ・グーピルのインタビューも収録されているので、観る際はそちらも一緒に観るのがおすすめです。同じ事件と題材とした別の映画『乙女の祈り』も気になります。

 

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